この記事では、日本の大手携帯会社の料金が下がらない理由を経営学の「ゲーム理論」から考えたいと思います。
菅首相の目玉政策として、「携帯電話料金の値下げ」があります。
官房長官時代の2018年に「4割程度下げる余地がある」と発言して以来取り組むテーマですが、実際の料金水準は高止まりが続いています。
なぜ日本の大手携帯会社の料金が下がらなかったのでしょうか。その理由を「ゲーム理論」で説明します。
目次
■ゲーム理論とは
ゲーム理論とは、「自分と相手の行動の読みあいの結果、どのような意思決定がなされるのかを分析する理論」のことです。
ゲーム理論では、少数企業が市場を占有する「寡占市場」の分析に適用されることが多いです。
「相手の行動の結果が自分の行動に影響される局面」というのは、プレイヤーが少ない場合ですからね。
寡占市場の例でいうと、日本では携帯業界以外ではコンビニ業界や宅配便業界が当てはまります。
■携帯会社の業界の特徴
携帯会社の業界の特徴として以下が挙げられます。
①十分な差別化がなされていない:携帯会社については電波のつながりやすさであったり、料金体系やサービスの違いはあるものの、顧客にとって差が感じにくいため十分な差別化がなされているとはいいがたい業種である。
②多額の設備投資が必要:携帯事業を開始するためには基地局整備などの多額の設備投資が必要である。
③ストックビジネスである:携帯電話は契約者からの月次料金が期待されるストックビジネスで、設備投資がピークを過ぎれば安定したキャッシュフローを期待できる
■日本の大手携帯会社の料金が下がらない理由
上記のような携帯会社の業界の特徴を踏まえて、日本の大手携帯会社の料金が下がらない理由を考えてみましょう。
結論からいうと、「価格を下げないことが合理的と各携帯会社が考えている」からです。
ここでは、大手携帯会社としてau、softbank、NTTドコモの3社で考えます。
1:現状の価格が3社とも月額6,000円であったとします。
2:ここで、softbankが価格を5,000円に下げる意思決定をしたとします。
3:そうすると、「十分な差別化がなされていない」業界であるために、auやNTTドコモのユーザーがsoftbankに流れてしまいます。
4:このままでは、auやNTTドコモは業績悪化となるため、softbankに追従して料金を月額5,000円のプランをすぐさま発表します。
5:1~4の結果、料金は下がるもののユーザーの移動は結果的に起こらなくなります。
6:ということは、1社価格を下げると、他の会社も価格を下げざるを得なくなり価格競争が起こってしまい、超過収益が0になるまで価格競争が終わらなくなってしまいます(=ベルトラン・パラドックス)。
7:携帯事業は多額の設備投資が必要でストックビジネスであることからいったん参入するとすぐに撤退することは難しい業界です。そのため、ライバル関係が長期間続きます。
8:よって、どの会社も「価格を下げないことが合理的」という意思決定を行うこととなります。
まとめると、「1社が価格を下げようとすると、みんなが損する結果になるから価格はそのままがいいよね」と各社が判断した結果、料金が高止まりしたままとなったということです。
これは、携帯事業に多額の設備投資が必要であり免許事業であることから参入障壁と撤退障壁が高いということも関係しています。
色んな会社が携帯事業に出たり入ったりできる状況であれば、一気に価格競争になってしまいます。
■日本の宅配便業界は価格競争に陥ったことがあった
日本の宅配便業界はヤマト運輸・佐川急便の2社で8割超を占める寡占市場ですが、両社は以前価格競争に陥っていました。
ヤマト運輸では、2000年代初頭には、一個当たり750円近くあった運賃単価が、底となる2014年3月期の決算では574円にまで下がっています。
また佐川急便では、2000年代初頭に1000円台近くであったのが、底となる2013年3月期には500円を切るまで落ちています。
国内宅配事業はまだ成長段階でしたので、需給バランスから見れば値下げをする必要はなかったのですが、両社は長期にわたって宅配単価を下げる競争を続けていたのです。
これは代表的なベルトラン・パラドックスの例です。
■日本の大手携帯会社の料金が下がらないのは合理的な意思決定だった
以上のように、日本の大手携帯会社の料金が下がらないのはゲーム理論によれば合理的な意思決定の結果ということで、経営学的にみれば特段問題のない経営を実施していたといえます。
ただ、この状態では国民の不満が解消されないということで、菅首相は「携帯電話料金の値下げ」という政策を実行しているのだと理解できます。
消費者としては「携帯電話料金の値下げ」は歓迎ですが、企業体力が必要以上に損なわれないようなバランスをとった値下げになることを期待したいです。